ヨーロッパ農業留学(2019)

ぶどう畑を飛び出して、一人泣いた日

今日は泣いた。

怒りと悲しみと寂しさがごちゃ混ぜになった。

この気持ちを忘れてしまわないよう、ここに書き残しておくとしよう。

完全なマイノリティーになる経験

日本を飛び出してきて、半年近くが経ったんだ。
イギリスから始まり、今イタリア。

農場には、もちろん日本人なんている訳ないし、
つまり、私だけハッキリと浮いている存在。

すべてが初めてだし、言葉もわからないし、とにかく異世界なのだ。

日本に住んでいたら、絶対に経験できない強烈な体験だと思う。

まだイギリスはよかった。

なぜなら言葉がわかるからだよ

あのころは、彼らの英語を聞き取ろうと必死だったけど、でも最終的に、意思疎通は完全にできる。

簡単に言うと

イタリアでは言葉がわからない。これってすごく大きいのだと痛感してる

今の農場では、英語に苦手意識を持っている人が多い。(その点日本と似てるのかなあ)

だから勿論、基本私の周りで流れる言語はイタリア語だ。

いやこれは別に、いいのだ。
だってイタリア語を勉強してこなかった私が悪いし、覚悟の上でやってきた。

でも、でもよ、

もうちょっと、フォローがあってもいいんじゃない?

っていうモヤモヤが、意識しないまま、溜まっていってたみたい。

食卓でも、農作業中も・・・・

ぶどうの収穫で農場は繁忙期を迎えている。

それに伴って、人手が必要だということで、たくさんの若者が出入りする。
彼らは、ワイナリーの作業や、ぶどうの収穫に駆り出されてるわけだ。

最近、日中は彼らと一緒に作業し、一緒に昼ごはんも食べている。

彼らは、礼儀正しいし、優しい人たちだ、と思う。
ただ、シャイなのか、私と進んでコミュニケーションしようとしてくれない。


とにかく、飯はうまい。

食卓では、みんながなに話してんのか理解しようとしても無駄なため、一人黙々とご飯を食べる。

私には立ち入る隙などどこにもない。
時々、口を挟む努力はしているけどなかなか難しい。


ずっとボーっと無表情なのも雰囲気壊しそうなので、にこやかにしとこうとは努力するのだけど、それも続かない・・疲れる。

さらに私以外、みんな、ドッと大笑いする。さらに居たたまれなくなる。
もう、なんなの、一人くらい、簡単に、説明してくれたっていいじゃない。
「今こんなこと話しててさあ・・」ってくらいでいいから。

私だって英語下手くそなんだから、別に気にしないし。

もうちょっと私にも気を配ってくれんだろうか・・・・?😢

あっ、ご飯食べ終わっちゃった。
みんなが盛り上がっている中、そそくさと食卓を離れる私。

農作業中もそうだ。
簡単な、言葉だけ、せめて挨拶だけでいいから、声をかけてほしい・・・
私になんか興味ないのかな・・

一人だけ、虫のように作業する。

なんだか、息が詰まって、苦しい。

ここでいっときたいのが、彼らが意地悪でこうなってるんじゃなくて
彼らの、外国人に対するシャイさが、こういう状況を生み出してしまっているということ。

「俺、英語苦手だからお前行けよ」
「いや、私もわからんし・・・」

ってイタリア語でこそこそ話してるけど、わかっとるぞ!!お前ら!! 😤
イングレーゼ(イタリア語で英語の意味)って聞こえたぞ。

なんだか、

ぷっつん。と何かが切れた感じがした。

胸の中で
怒りと、悲しみと、寂しさが一緒くたになって、
つっかえて、苦しい感じ。

ああ、この感情知ってる。
日本を飛び出してから、何回か経験したけど、今回はオオモノだなあ。

とぼんやりしながら、仕事を放り出して、誰もいない野原に、一人、逃げ出した。
(どうせ誰も気にしゃしないし)

そしてわんわん泣いた。笑

その状況のまま、
ツナくん(鹿児島大学、研究生、トルコ人、めっちゃ日本語流暢)
に電話で、今の状況を説明したのだけど、

彼は戸惑いながらも、

「多分、彼らは、本当の『語学』を勉強したことがないんだと思うよ。
だから、外国人の、気持ちがわからないんだよ。気にしないで」と。

この言葉が、すっと私の心に沁みて、救ってくれた。下手な慰めより、何倍も効いた。
彼は、日本語を一から勉強してきたわけだけど、言語の難しさや、海外でマイノリティーになることの大変さを理解しているから。

さらに涙が出てきて、びえびえ泣いた。
ツナはさらに困ってオロオロしていた。

そして、涙が出きってしまうと、

気分はスッキリし、ちゃんとぶどう畑にもどりましたとさ。(ここでボイコットする勇気はない。)

泣くって本当に大事だなあ。

冷静に分析してみよう

私は、まさに彼らだった。

彼らを見ていると
日本にいた頃の私を思い出してしまう。

これまで外国人と接する機会が多い人生ではなかったけど、
外国人を見ると、


英語は喋れない=私にはコミュニケーションできない

で思考停止してしまってたのね。

いやいや、コミュニケーションできますて。今ならわかる。
英語喋れないっていうのは、うそ。

学校で習ってる、本当に簡単な英文で十分、意思疎通はできるんだよ。
細かい文法を気にしすぎで、話せなくなっちゃってるだけだ。
(ただ、細かいニュアンスや、抽象的なことは難しい。だから私はさらに英語勉強している訳で)

言葉だけじゃなくて、
笑顔だったりとか、挨拶だけでもとか、目を見てくれるとか、ジェスチャーでも、

「伝えたい!コミュニケーションしたい!あなたのこと知りたいの!!」
ていう気持ち

もう、それだけでも全然違うんだよ。
それが、日本の中のマイノリティーである外国人にとって、どれだけの救いになるだろうか。
ようやく、今気づく。

これまでの私に怒りがわくね。ほんと反省だわ。

日本に帰ったら

海外経験者は、頷いてくれるところもあったかもしれない。

これって、英語圏に行くのと、非英語圏に行くでも、経験することは違う気がする。
私たち日本人って、多少なりとも英語知ってる訳だからね。
(こっちきてから、思ってた以上に、日本語の中にも英語って浸透してるなって気づいたよ)

あと、これは単なる旅行では味わえない経験だなと。
こうやって腰をすえて、現地の人と暮らすことで初めてわかることってたくさんある。

あーーーこの経験だけでも、日本飛び出してよかった

と心の底から思う。感謝。

日本に帰ったら、絶対に、外国人に優しくする。
その人が英語喋れても喋れなくても、ちゃんとコニュニケーションしたい。

そいで。
私は将来、多様な人が、安心して居られる場を作りたい、って最近思う。

今の私みたいなマイノリティーの立場の人でも、あなたはここに居ていいんだよって、思えるような心地よい空間。

そうしたらみんなハッピーじゃない?

いろんな人がいるから楽しいんだよ。多様性万歳!!

って感じで、今は、だいぶ回復してます。心配かけました笑

こりゃ強くなるな、私。

終わり。

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