私の大好きなスパゲッティ屋さんの話をしよう。
鹿児島大学近く、荒田八幡電停の目の前にある、「トマトの実」というお店。
手打ちの生パスタを食べれる、スパゲッティ屋さんだ。ご夫婦2人で経営している。
私はこのお店を愛してやまない。
お店はものすごく小さくて、席数はわずか13席。カウンターだけだ。
暖かい色味で、清潔な店内。とても居心地が良い。
いつもビートルズがかかっている。
メニューは店長の手書き。味のある字と、メニューの下の説明文に思わずクスッと笑みがこぼれる。
スパゲッティは何十種類もあって、優柔不断の私は、毎回選べない。
トマトソース、クリームソース、ペペロンチーノ・・・
それぞれのベースに、沢山のバリエーションがある。
お店の一押しは、ナスとモッツアレラチーズのトマトソース。
揚げたゴロゴロナスと、トマトソース、モッツアレラチーズが、あの弾力のある麺と絡まって最高なのだ。 あの瞬間を至福と言わずに何という?
これまでの人生で味わったスパゲッティの中で、このお店のものがダントツにナンバーワンに美味い!!断言する。
あ、あと、野菜のスープもやば美味いんだよな。 ただただ素朴な、たくさんの野菜が入っているスープなんだけど、文字通り身体に、心に、染み入るの。
とてもシンプルで、余計なものは全く入っていない。
だからこそ半端なく美味い。
なんで私がこんなにこのお店のことを熱く語っているのか。
実は留学するまでの間、一年弱、アルバイトとして雇ってもらっていたんです。
バイト募集の張り紙に心を掴まれたのよね。
例の店長の筆跡で、
『バイト求む。
①デジタル派よりアナログ派の人
②集団行動より個人行動を好む人
③毎回まかないがパスタでも平気な人』
私はこれを見て、すぐ応募の電話をかけたよね。笑
ほんものには、人が集まる。
私はここでアルバイトとして関わって、それを心底思い知った。
このお店は、ご存知の通りアナログ派なので、一切SNSもやってない。ホームページもない。
本当に、口コミだけで広まったお店なんです。
今のご時世、めちゃくちゃ珍しくないですか?
鹿児島で「トマトの実」って、知っている人は絶対知っている。
鹿児島で美味しいパスタの店といえば、ここ。
特に週末は、開店と同時にお客さんがなだれ込み、13席のカウンター席はすぐに埋まってしまう。
そして予約はできないのがこの店のルール。
客に媚びないところに潔さを感じる。
麺は一から手作りで、手打ちなので、大量に作ることは不可能。
生パスタなので長期間保存することもできないの。
だから麺がきれるとその日の営業は終了なんです。
他の飲食店に比べて、食品ロスは驚くほど少ないと思う。食べ残す人もほとんどいない。
人間らしいお店
常連さんがたくさんいる。このお店のファンで、毎週のように来る方も多い。
黒い帽子を被ったおばあちゃん。
店に入ると同時に、無言で私に、千円札を差し出す。
アイスコーヒーは氷抜き、そしてもう一杯グラスに水を出してあげる。
ナス抜きのナスモッツアを頼む人はそういない。元気かな?
あの母親と娘のコンビ。
いつも閉店間際にきて、毎回、2人揃ってベージャガ(ベーコンとジャガイモのクリームソース)を注文。コショーをたっぷりかけて。美味しいけど、飽きないのかな。いつも仲よさそうに喋っている。
・・・などなど、ちょっと一癖があって人間らしいお客さんが次々とやってくる。
なんだか小説に出て来そうなお店だよね。笑
ご夫婦も、長年彼らを知っているもんだから、
「あの客さん今日来なかったね。どうしたのかな」とか
「このお客さんはいつも赤ワイン頼むはずだけど。聞いてみて」とか、全て細かく把握しているの。
でも、なれなれしくしない。のれんの向こう側で、余計な干渉はせずに、ただ黙々と、スパゲッティを作り続ける。 お客さんとの距離感が絶妙で、威厳がある。
超かっこええ。
私は、カウンターに立って注文とったり、水を注いだり、パスタを厨房から運んだり、お皿を洗ったり、お会計をしたり。
ずっとお客さんの動向を見ていた。
お客さんの、あのパスタを食べている顔。本当に美味しいものを食べている顔。
どんなに無愛想そうなおじさんも、
無邪気な子供も、
疲れてるOL風の女の人も、
目の前のお皿に、一心になって向かい合う。
なんだか急にそれぞれの人間らしさが垣間みえて、とても心温まる。
そして、どこか満ち足りた顔で、お金を払い、店を後にするのだ。
私はただのバイトの1人だったけど、この風景が大好きでたまらなかった。
このお店への愛着がすごくある。
誰かが鹿児島に、私に会いに訪ねてきたら、必ずこのお店に連れて行く。
みんなにこの幸福を分けてあげたいからかね。あと単に私が食べたいだけ笑
このお店が提供している価値って、ただ、美味しいパスタ、だけじゃないんだと思うんだよな。
ああ、私らしくいていいんだ、ってホッとする場所なの。
これこそ、本物のスローフードだと、思うんだよなあ。
少し不器用で、正直で、人間らしい。
難しいのは抜きにして、五感で感じることができる、手触りのあるもの。
利便性や、利益だけを追求しがちなこの現代、
こういうほんものを出すお店はとても貴重だと思う。
ずっと長続きしてほしいなあ。
ほんものを、一緒に、食べに行きませんか。
鹿児島に来るのが決まったら、一声かけてください。
ちなみに、イタリアにいても私はこれを超えるものを食べていない。
時々妄想するのは、トマトの実をイタリアの町のど真ん中に据え置くの。
食べるの命のイタリア人、うますぎて大混乱が生じて、絶対毎日大行列になる。笑
(完)