考えたこと

さみしさが、ひたひたと。

うーん。さみしい。

近頃、「さみしい」っていう感情が、

ひたひた
ひたひた

とやってくる。


季節的なものなのか、単に時間があるからなのか、一人暮らしからなのか、身体や精神の変化が起こっているのか。特にこれといった理由は見つからない。

日々幸せだし、精神的にもものすごく安定してる時期にある。自己肯定感もものすごく高いと思う。

でもね、ひとりでいると、ひたひたと静かに、さみしさが押し寄せてくる。
心がひんやりとして、やるせない気持ちになって、ひとりぼっちな気分になる。

誰かと会いたい!一緒にいたい!おしゃべりしたい!っていうわけではない。
誰かと一緒にいればいいのか、って言われるとそうでもない。

というか、さみしいマンになって誰彼構わず会うのって、なんだか違う気がする。
たださみしさ解消のために、依存しているような気持ちになるし、なんかヤだ。

このことを、ぽろりと信頼する人に伝えると
「いっつも忙しそうに楽しそうにしてるから、びっくり」って。
やっぱりそう見えるのか。

私は実は、かなりの寂しがりやなのだと思う。外面は、強気に振る舞っているけれど。
メンタルモデルも「愛なしタイプ」見て、「これ私や〜〜!🤣」ってなった。

私の痛みは、「誰も私も愛してくれない」という思いからやって来るらしい。

実は誰かにめちゃくちゃ甘えたくて依存したかったりして。
いや〜なんか怖えなあ。笑

何かしなければならないことがあるときや、充実している瞬間は、さみしさとは対極のところにいる。

やりたいことがたくさんあるから、いっつも予定をパンパンに詰め込んじゃうんだと思ってたけど。
私は本能的に、さみしさを回避するためにも、忙しくしてたんだろうか。

最近は卒論に追われているとはいえ、時の流れはゆっくりしてて、何をするでもなく日々はすぎていく。ひとりで過ごす時間がとっても増えた。

ひとりの時間はとても好きだ。(ひとり旅大っ好きだし)

それにも構わず、ひたひたとやってきやがる。勘弁してくれ。

さみしい時はいつも、
大好きなアーティストの星野源の本「蘇える変態」のなかにある文章を読む。

 寂しさってどうやったらなくなる。寂しさをなくすにはどうしたらいい。昔からどうにかしたいが、いっこうに解決しない。どんなに満たされた状態でも、ふとした瞬間に寂しさはやってくる。
 単純に誰かといたらなくなるという寂しさではなく、海の底に一人でいるような、後ろからひたひたと自分の影の中から背中を通って体を包むような、そんな寂しさ。

 (中略)


 たぶん死ぬまでこの寂しさはなくならないだろう。寂しさというものはきっとその人の性格であり、生まれ持ったチャームポイントだ。
 寂しさは友達である。絶望はたまに逢う親友である。そして不安は表現をする者としての自分の親であり、日々の栄養でもある。不安はご飯だ。

蘇える変態 p97より抜粋

こういう優しい文章が書けるから、源さんが大好きだ。
源さんみたいなスターでも、こういう風に思ってるのか。なんだか安心する。

「寂しさというものは、きっとその人の性格であり、生まれ持ったチャームポイントだ」という言葉が好きだなあ。

来春から社会人として働き出せば、毎日忙しくてこんな感情は抱かなくなるのかもしれない、けど。

でもさみしさって、一生ついて回ってくるものじゃない?きっと。
結局人は、ひとりなのだから。

だから「さみしさ」っていう感情に向き合って、哲学してみるのも面白そうだなって思ったのだった。

みんなも、言わないだけで、さみしいのかなあ?

なんか暗い感じになっちゃったけど、最近感じることを言語化しようと思って書きました。
おわり。

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