考えたこと

定価ってなに。時間ってなに。なんで働かなくちゃいけないの。

定価ってなんだろう。


って最近思うのだ。

私たちは常にお金で価値のやり取りをしながら、生きるために必要なものを手に入れる。
お金は「価値の引き換えチケット」である。

モノにはられた値札「定価」をみて、私たちは
「この人参ちょっと高いかも? 50円安いからこっちにしよう」とか
「この洋服可愛いけど、今月キツイから買えないなあ・・・」とか考えてる。

普通、商品には値段がついていて、人はそれぞれ「安い」「高い」って判断しながら買っていく。

屋久島でゲストハウス的なところに泊まって、その宿泊料金がドネーション制だったことがあってね。
「自分で払いたい値段を決めて、払ってね」ってやつね。

え、、、、超難しい。どうやって判断すればいいの。



3泊したから、普通のゲストハウスは一泊2000円とかだから6000円?
それだと安いか?お世話になったし、ご飯も食べさせてもらった。
でも友人だし、大学生でお金もないし、それくらいでもいいのか・・・・・?

わからん!!!!!!!!

私はその時、私がいかに何も考えずにお金を払って生きてきたのかを実感したのであった。鮮烈な経験だった。

そもそも、「安い」「高い」っていう基準ってどこで形成されているんだろうか?

例えば、野菜。

私は可能な限り、オーガニックの野菜を買うようにしている。
『環境保全をしたい&不自然な農薬とか肥料とか使いたくない』っていう有機農家さんの想いに、私は深〜く共感してるからである。

且つ、農薬なしに農作物を作る大変さを知っているので、その苦労分が報われるような値段を払いたいと思ってる。ので、買っている。

しかしオーガニックの野菜は、世間の基準からすると「高い」らしい。
でもお店に届くまでを知っている私は、むしろ「安い」とも思えてくる。
払いたいと思えてくるから不思議なもんだ。

人によって基準は変わってくる。

化粧水を買いにドラッグストアに入ると、たくさんの種類があってびっくりする。
モノが豊富にあるこの時代、商品には死ぬほど種類がある。
効能と値段を比較しながら、値札とにらめっこする。
ジャングル中で迷ってしまった気分になって疲労困憊し、結局何も買えず外にでる。

お金のやり取りは毎日のようにしている事だけれど、値段って本当に本当に難しい。

でもこれってしっかり考えないといけないテーマだと私は思うのだよ。
だって、モノを買うためにお金が必要で、そのお金を手に入れるために私たちは毎日働くわけでしょ。
私来春から新社会人だよ。東京でバリバリ働きますわよ。


なぜ、なんのために働くのか」という話に繋がってくるのでアール。

いや、お金を稼ぐためにも働くんだけど。
逆に、お金がいらなかったらたくさん働かなくてもいいんだよね?

私は、お金を稼ぐためだけに働きたい、と思わん。生活するためにお金が必要なのはわかってるんだけど。
受動的に働くくらいなら、働きたくないって思う。

遊んで暮らしたいわ。遊ぶために生まれてきたと思ってるので。

お金に執着したくない。

そもそもお金って、価値の交換チケットやん?交換しないと、もったいなくない?って思う。

例えば、今持ってるお金使ってプレゼント買って友達を笑顔にするとか、
うなぎ食べに行って至福の時間を過ごすとか、
ギター教室に行ってギターの弾き方習うとか。

すればいいのになんでしないんだろう。
私明日死んじゃったら、貯めてたお金、自分で使えなくなるやん。せっかくの幸せチケット、無駄になるやん!!!!笑
いつ死ぬかわかんないんだから、ちゃんと今必要なこと見極めて、自分や周りの人を幸福にできるような使い方を常にしたい。これ理想。

だからお金って、貯めずに循環させたがいいんだよね〜〜
頭ではわかってるつもりなんだけど、お金が減ることになんでこんなに恐怖感を覚えないといけないんだろうか。
だから値札とにらめっこする時間も長くなる。矛盾を感じるワタシ。

それと私、生産性のない時間に、罪悪感を感じちゃいがちなんです。

やる気がでなくて、ぐうたらしてる自分、ダメダメやなあって責めたりする。
それってすごく疲れちゃう。
その度に、「そもそも生産性のある時間ってなんなんだろう」って思うのよね。

特に今の時代は、テクノロジーの進化で全てがスピードアップしてるから、常に何かに追われてる気がする。

私は、手間がかかることや、無駄に見えても素敵なことで人生をうめ尽くして死んでいきたいと思うのだ。

わざわざ土鍋でご飯炊いたり、
毎日楽器を奏でる時間をとったり、
ボーッと音楽を聞いたり、
一日中アリの行列を観察したり、
移りゆく空の流れを眺めたり、
思いっきり自然の中で遊んだり、
目の前に人の話をじっくり聞いて対話したり。

スッゲー豊かじゃない?

ちゃんと考えよう

お金、時間、働く意味、生きる意味・・・・

これ最近のテーマ。

これを考えずに受動的に働いてる人って意外に多いなって思う。
お金に使われ、時間を費やし、他人のために生きてる。
なんかもったいないって思う。

これって、日本の教育に原因があると思うんだよなあ。学校では絶対に教えてくれない。
自分の思考回路の端々に、「社会に思い込まされてるもの」を感じて一人ゾッとしたりしてます。

私はナマケモノだし、自己中なので、自分がまず心地よく幸せな状態にいないと我慢なりません。だからこういうことを突き詰めて考えがちなのだと思う。

全然まだ言語化できてないので、支離滅裂な文章になってしまいましたが、今23歳の時点で考えることとしてここに残しておこうと思う。

さ、卒論しよ。



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